特集記事(高校)

高校

2026.03.05

【#16】フラクタルの萌芽 ~コッホの贈り物~

 「連続だがいたるところ微分不可能である」という少し病的な関数について考察しましょう。「単調な関数はほとんどいたるところで微分可能である」ということがルベーグ積分論でわかっているから,その病的具合は,なかなかのものといえます。

ワイエルシュトラス関数 \(W(x)\)

 19世紀初頭の頃は,すべての連続関数は有限個の例外点を除けば微分可能であると信じられていたようです。実際,アンペールは1806年にすべての「関数」は有限個の例外点を除けば微分可能であるという定理を提出しました。
 そのような状況の中,ドイツの数学者ワイエルシュトラス(Karl Theodor Wilhelm Weierstrass, 1815–1897)は,関数

\(W(x) =\displaystyle \sum_{n=0}^\infty w_n(x), \quad w_n(x) = b^n \cos(a^n \pi x)\)

は,奇数の整数 \(a\) と \(0 \lt b \lt 1\) を満たす実数 \(b\) が \(ab \gt 1 + \cfrac{3\pi}{2}\) を満たすならば,\(W(x)\) はあらゆる点で微分係数を持たない(つまり,微分不可能である)ことを証明しました(1875年)。

 ワイエルシュトラス関数は,各項は滑らかな関数であるにもかかわらず,無限に足し合わせることによって,いたるところ微分不可能という病理が発現するところが興味深いです。アンペールの定理のようなものがなんとなく信じられていた時代にあって,そして,現代においても,微分を習ったあとにこの関数を知ると,衝撃的でしょう。

 ワイエルシュトラスは,リーマンの提案した関数

\(R(x) =\displaystyle \sum_{n=1}^\infty \cfrac{\sin(\pi n^2 x)}{\pi n^2}\)

を簡単にしようとしてワイエルシュトラス関数 \(W(x)\) を考案したようです。彼がリーマンの聴講生から聞いた話によれば,遅くとも1861年には,たとえば \(R(x)\) のようないたるところ微分不可能な連続関数の存在をリーマンは認識していたようでしたが,ノートや講義録などの記録がないので,はっきりしていません。

 ところで,ワイエルシュトラスの論文には図がありませんでした。コンピュータ描画でないと難しいだろうから当然だと思います。

【問題】ワイエルシュトラス関数 \(W(x)\) がどんな関数になりそうか,想像してください。
(最後に \(W(x)\) のサンプル図を載せますが,それを見る前に,想像するなりコンピュータに書かせるなりしてみてください。)

 ワイエルシュトラス関数 \(W(x)\) の構成法に対して,スウェーデンの数学者コッホ(Niels Fabian Helge von Koch, 1870–1924)は,曲線 \(W(x)\) の各点においてなぜ接線が引けないのか一見してわからないため幾何学的見地から満足はできないといい,次のようにいたるところ接線の引けない連続曲線,いわゆるコッホ曲線を構成しました(1904年)。

コッホ曲線の構成法

  • 角度 \(\alpha = \cfrac{\pi}{p} \ (p \geqq 2)\) を与え,\(L = \cfrac{1}{2(1 + \cos \alpha)}\) とする。
  • 原点 \(A_0 = (0, 0)\) から \((1, 0)\) 方向に長さ \(L\) 進んだ点を \(A_1\) とする。
  • 点 \(A_1\) から \((\cos \alpha, \sin \alpha)\) 方向に長さ \(L\) 進んだ点を \(A_2\) とする。
  • 点 \(A_2\) から \((\cos(-\alpha), \sin(-\alpha))\) 方向に長さ \(L\) 進んだ点を \(A_3\) とする。
  • 最後に,点 \(A_3\) から \((1, 0)\) 方向に長さ \(L\) 進んだ点を \(A_4\) とすると,\(A_4 = (1, 0)\) である。
  • 点 \(A_0, A_1, A_2, A_3, A_4\) を順次線分で結んで出来た曲線を 1 次のコッホ曲線と呼び \(K_1(\alpha)\) と書くことにする。
  • \(K_1(\alpha)\) の4つの各辺上に \(K_1(\alpha)\) を \(L\) 倍に縮小した図形をはめ込んだ図形を2次のコッホ曲線と呼び,\(K_2(\alpha)\) と書くことにする。
  • この操作を順次無限回繰り返した極限の曲線,すなわち \(\infty\) 次のコッホ曲線 \(K_\infty(\alpha)\) を,コッホ曲線と呼び,\(K(\alpha)\) と書くことにする。通常は,\(\alpha = \cfrac{\pi}{3} \ (p = 3)\) の場合の \({\color{#ff0000}K(\cfrac{\pi}{3})}\) をコッホ曲線と呼ぶ。

通常のコッホ曲線

 下図は,1次~6次の通常のコッホ曲線 \(K(\cfrac{\pi}{3})\) です。これがコッホが1904年に論文として提出した図です。

【#16】フラクタルの萌芽 ~コッホの贈り物~01

ペアノ曲線

 \(\alpha\) が \(90^\circ\) のときのコッホ曲線 \(K(\cfrac{\pi}{2})\) は,底辺 \(1\), 高さ \(\cfrac{1}{2}\) の三角形を充填する曲線を得ます。これはイタリアの数学者ペアノ(Giuseppe Peano,1858-1932)が示した正方形を充填するペアノ曲線(1890)と同じものになります。曲線はパラメータが一つで書けるので1次元曲線とみなせますが,正方形は明らかに2次元です。1次元曲線を重ならないように充填すると2次元になることから,そもそも次元とは何かという議論が始まりました。
 下図は,1次~6次のコッホ曲線(ペアノ曲線)\(K(\cfrac{\pi}{2})\) です。

【#16】フラクタルの萌芽 ~コッホの贈り物~03

その他のコッホ曲線の例1

 \(\alpha = (\cfrac{\pi}{p})\) (\(p \geqq 2\)) としたとき,通常のコッホ曲線は \(p = 3\),ペアノ曲線は \(p = 2\) でした。2と3の「間」をとって,下図は,\(p = 2.1\) のときの1 次~6 次のコッホ曲線 \(K(\cfrac{\pi}{2.1})\) を書いてみました。曲線の隙間が,通常のコッホ曲線とペアノ曲線の「間」という感じがしませんか。

【#16】フラクタルの萌芽 ~コッホの贈り物~05

その他のコッホ曲線の例2

 今度は,\(p\) を通常のコッホ曲線の場合(\(p = 3\))よりも大きくして,\(p = 6\) の場合を書いてみましょう。下図は,1次~6次のコッホ曲線 \(K(\cfrac{\pi}{6})\) です。

【#16】フラクタルの萌芽 ~コッホの贈り物~07

【疑問】\(p\) をどんどん大きくしていって,\(p \to \infty\) の極限をとったときのコッホ曲線 \(K(0)\) はどんな曲線でしょうか。

その他のコッホ曲線の例3

 ヒントとして,さらに \(p\) を大きくした \(p = 20\) の場合を書いてみましょう。下図は,1次~6次のコッホ曲線 \(K(\cfrac{\pi}{20})\) です。

【#16】フラクタルの萌芽 ~コッホの贈り物~09

【解答】ご想像の通り,\(p \to \infty\) の極限をとったときのコッホ曲線 \(K(0)\) は直線(線分)です。

コッホの贈り物

 コッホ曲線の発表の翌年,この直線は自己相似であることがチェザロにより発見されました。そして,70年の時を経て,マンデルブロー(Benoit Mandelbrot,1924[ポーランド]-2010[米])のフラクタル理論へと昇華していきました。このような展開はワイエルシュトラスもコッホも想像していなかったことでしょう。

 フラクタル理論の一つのキーワードはフラクタル次元です。ペアノ曲線のところで少しふれましたが,通常の意味で,曲線は1次元,平面は2次元,立体は3次元です。しかし,いろいろな \(p\) に対するコッホ曲線 \(K (\cfrac{\pi}{p})\) をみると,平面を埋め尽くす感じに見える曲線と直線に近い曲線がありました。実際,\(p = 2\) のときのコッホ曲線 \(K (\cfrac{\pi}{2})\) は2次元三角形を埋め尽くすペアノ曲線でした。\(p \to \infty\) の極限をとったときのコッホ曲線 \(K(0)\) は1次元の線分なりました。これより,\(2\lt p \lt \infty\) のときのコッホ曲線 \(K (\cfrac{\pi}{p})\) を「次元」で特徴付けると,2次元と1次元の間の非整数次元になりそうなことは次元の自然な拡張にみえます。

 自己相似という図形の特徴を使って,この非整数次元を定式化することができます。定義はいくつかありますが,総称してフラクタル次元と呼びます。たとえば,通常のコッホ曲線 \(K (\cfrac{\pi}{3})\) のフラクタル次元(相似次元)は,\(\log_3 4 = 1.26\dots\) 次元です。普通の曲線(1 次元)よりは複雑だが,平面を埋め尽くす(2 次元)まではいかないので,直観に対応する妥当な値に見えますよね。

ワイエルシュトラス関数の図

 以下に \(a = b^{-1} = 2\) の場合のワイエルシュトラス関数 \(W(x)\) の一部の図を例示します。\(W(x)\) の第 \(n\) 部分和を \(W_n(x)\) とし,

\(\cfrac{W_n(0) – W_n(x)}{2}\) と \(\cfrac{w_n(0) – w_n(x)}{2}\)

の \(n=0, 1, 2, 3, 5, 10\) のときの図を書きました。

【#16】フラクタルの萌芽 ~コッホの贈り物~11

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【矢崎成俊(やざき・しげとし)先生 プロフィール】
1970年東京生まれ。早稲田大学理工学部数学科卒業。東京大学大学院数理科学研究科数理科学専攻博士課程修了。現在,明治大学理工学部数学科専任教授。博士(数理科学)。専門は応用数理,特に界面現象の数理解析。実験を採り入れた数学の講義で定評がある。
著書: 『実験数学読本』①・②・③ (日本評論社),『次元解析入門』,『界面現象と曲線の微積分』,『動く曲線の数値計算』(以上共立出版),『大学数学の教則』(ちくま学芸文庫),『公式は覚えないといけないの?』(ちくまプリマー新書),他。
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