
わたしたちはさまざまな形のもので囲まれています。屋内で最も身近なものは,壁,天井,床,窓,机,椅子でしょう。壁,天井,床は平面,窓はだいたい長方形,机と椅子はいろいろな形があります。
次の写真は喫茶店のテーブルに乗せた飲み物と小皿です。
【疑問】どのような形があるでしょうか?立体図形はなんともいえない形のものが多いので,平面の写真の中に見える平面図形の名前を答えてください。

【疑問(続き)】次は車窓の台に乗せたペットボトルです。どのような形が見えますか?こちらも同じく平面図形を答えてください。

【想定される答え】
喫茶店の写真には5つの円があると答えた人は多いでしょう。もしかしたらスライスレモンも円に入れて6つの円と答えたかもしれません。さらに,トレーは丸い長方形,紙は長方形と答えた人もいるはずです。
そのように答えた人は,次の写真のように机を真上から見たときの図形を答えています。ペットボトルのキャップを円と答えた人も同様です。

【考察】いま円と認識した平面図形はすべて楕円です。円を斜めに見たら楕円。
正対したら円ですが,円を正対することはあまりなくて,どこにある円も斜めに見ています。例えば,信号機の円や交通標識の円は,高いところにあるので正対することが難しいです。身近な洋服のボタンやペットボトルのキャップだって,正対することは少ないでしょう。
結局,大抵は斜めの角度から円を見ていることになります。だから,私たちの回りは楕円だらけといえます。

【疑問】円をある方向につぶしたら楕円になります。正対の方向から角度 \(\theta\) だけ斜めの角度から円を見たとします。このとき円は何倍につぶれるでしょうか。

【答え】円は \(\cos\theta\) 倍につぶれます。

例えば,\(90^{\circ}\) を4等分して
真上,つまり角度 \(\theta=0^{\circ}\) から見たとき \(\cos 0^{\circ}\!=1\) 倍
角度 \(\theta = 22.5^{\circ}\) から見たとき \(\cos 22.5^{\circ}\!=0.924\) 倍
角度 \(\theta = 45^{\circ}\) から見たとき \(\cos 45^{\circ}\!=0.707\) 倍
角度 \(\theta = 67.5^{\circ}\) から見たとき \(\cos 67.5^{\circ}\!=0.383\) 倍
真横,つまり角度 \(\theta = 90^{\circ}\) から見たとき \(\cos 90^{\circ}\!=0\) 倍
に縦方向につぶれるわけです。
高校の教科書の三角比の表を使う場合,\(\cos 22.5^{\circ}\) の値は \(\cos 22^{\circ}\!=0.9272\) と \(\cos 23^{\circ}\!=0.9205\) の平均値でOKです。\(\cos 67.5^{\circ}\) も同じです。
コサインの値がわかったところで,次の番号カードの縦の長さをこの倍率で縮めます。ただし,3は上半分を,4は下半分をそれぞれ縮めます。

円は斜めに見ると楕円になりました。同様に,正方形は斜めに見ると長方形になります。

3の下半分と4の上半分は縮めないでそのままにしておいて,上で縮めた半分とそれぞれくっつけて,3のカードを4のカードの上に重ねて,時間経過しているように並べます。

日めくりカレンダーみたいに,3がめくれて,4になるように見えませんか。
縦の長さを縮めることと斜めから見ることが対応していますが,自分が斜めにならなくても,対象物が斜めになれば同じですから,めくっているように見えるはずです。

【疑問】円は斜めに見ると楕円になりましたが,楕円を斜めに見るとどんな図形に見えるのでしょうか。
【答え】斜めに見ると縦方向につぶれるのだから,横長の楕円を斜めに見るとさらにつぶれた楕円になります。一方,縦長の楕円を斜めにみると円に近づくでしょう。
そうすると,ある斜めの角度から縦長の楕円をみると,ちょうどつぶれて円に見えることがあるはずです。

そのことを利用して,香川県にある縦122メートル,横90メートルの巨大な『銭形砂絵』は,ある斜めの角度から見ると円に見えるしかけになっているようです。そのちょうどよい角度の場所に展望台があるそうです。(まだ行ったことがないので…)

巨大な砂絵も展望台から見たら小さく見えてカメラに収まるはずです。遠くの物は小さく見えますから。
そこで,目を頂点として対象物方向に拡がる円錐状の視野を考えます。円錐の切り口は楕円なので,斜めの角度のコサインの倍率で楕円が縮まります。さらに,対象物までの距離に反比例した倍率を掛けた分だけ,対象物は小さくなります。

【疑問の深掘り】
円錐を真横に切った切り口は円であるから,遠くにある巨大な楕円を斜めに見て,手もとで小さな円に見立てることは可能です。それをカメラで撮影しましょう。銭形砂絵の写真を撮るときカメラをどのくらい傾ければよいでしょうか。

【考察】角度 \(\theta\) を求めてみます。
Google Earthを使って,画面上で銭形砂絵から展望台までの距離を測ると \(l=263.4\text{m}\) でした。また,地理院地図(電子国土Web)で銭形展望台の高さを調べると \(h=64.4\text{m}\) でした。
腕を伸ばしたくらいにカメラを設置すると,目からカメラまでの距離は \(d=55\text{cm}\) くらいです。カメラの画面の中の円の半径を \(w=2\text{cm}\) とすると,\(\tan\alpha = \frac{w}{d}\) を得ます。
上の図より \(\frac{l}{h}=\tan (\theta\ -\ \alpha)\) です。これより \(\tan\theta\) の値がわかって,\(\theta = 78^{\circ}\) となります。
つまり,カメラを \(12^{\circ}\) 傾けて撮れば,円に見える銭形砂絵の写真になります。いつか現地に赴いて実写してみたいです。
アポロニウスの贈り物
円錐を平面で斜めに切ると切り口が楕円になることは,紀元前のアポロニウス(Apollonius,BC200年頃)が証明しました。
円錐を,真横に切ったら円,母線と平行に切ったら放物線,垂直に切ったら双曲線がそれぞれ切り口に現れます。だから,楕円,放物線,双曲線の3種類を円錐曲線と呼びます。円は楕円の特別な場合と考えます。
楕円はかつて長円と呼ばれていたようですが,その名の通り縦横のどちらかに長い円という意味でしょう。放物線は物を投げ放ったときの軌跡,つまり放物の線です。そして同じ形の(双子の)曲線があるから双曲線と命名されたと思われます。
これら3つの円錐曲線を原点を通るように平行移動して,原点での曲がり具合を一致するように適当に縮尺(開き具合)を変えます。このとき,それぞれ
「ellipsis(不足する)」( \(y^2 \lt px\) )
「parabole(一致する)」( \(y^2 = px\) )
「hyperbole(超越する)」( \(y^2 \gt px\) )
とアポロニウスが呼んだようです。英語名の ellipse,parabola,hyperbolaはこれに由来しています。日本語の名称は明らかに訳語ではないですね。
ところで,円柱を斜めに切っても楕円です。そうすると,円錐を斜めに切ると,切り口はなんとなく下の方が広がっている卵のような形になりそうと考えたくなります。しかし,やはり楕円になることをアポロニウスは証明しました。
アポロニウスはBC300年頃のユークリッドの後ですから,証明の有用性は十分に知っていたはずです。直観(印象)は必ずしも事実を反映しないことを突きつける重要な証明といえます。
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1970年東京生まれ。早稲田大学理工学部数学科卒業。東京大学大学院数理科学研究科数理科学専攻博士課程修了。現在,明治大学理工学部数学科専任教授。博士(数理科学)。専門は応用数理,特に界面現象の数理解析。実験を採り入れた数学の講義で定評がある。
著書: | 『実験数学読本』①・②・③ (日本評論社),『次元解析入門』,『界面現象と曲線の微積分』,『動く曲線の数値計算』(以上共立出版),『大学数学の教則』(ちくま学芸文庫),『公式は覚えないといけないの?』(ちくまプリマー新書),他。 |
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