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2025.02.20

生徒の思考を広げる5分間のシンキングタイム(第3回)【教育実践report】

神奈川県立横浜旭陵高等学校
持丸 裕一 先生

 具体例から一般化して,公式を導くことがあります。(一般化)また,一般的に成り立つ公式に,具体例を当てはめて考えることもあります。(特殊化)こうした数学的な考え方を高めるには,「既習事項」との結びつきを意識させると効果的です。

 今回は,余弦定理の導入場面をとりあげます。三角比の単元では,図形の見方が豊かになること,また,計量の手段が広がることを実感してもらいたいものです。
 まずは中学校で学んだことの復習から始めます。

T :三角形は,次の①~③のように,辺の長さや角の大きさが決まれば1通りに決まるのでした。
T :中学2年で学習していますが覚えていますか? これらは「三角形の決定条件」とも言われています。では,次の図を見てください。
生徒の思考を広げる5分間のシンキングタイム(第3回)【教育実践report】02
T :この三角形は,2辺とその間の角が与えられているので,②の場合ですね。\(a\) の値は一つに定まるので,求めてみましょう。
S :直角三角形なので,三平方の定理をつかって,\(a^2=5^2 + 8^2\) より,\(a= \sqrt{89}\) です。
T :すばらしい。直角三角形の直角をはさむ2辺の長さをそれぞれ平方した数の和は,斜辺の長さを平方した数に等しいのでしたね。
T :さて,この \(a\) ですが,直角三角形でない場合でも求めることができるでしょうか。今日はこのことについて考えます。次の問題を見てください。
生徒の思考を広げる5分間のシンキングタイム(第3回)【教育実践report】03
▲数学Ⅰ Standard p.160

 具体例として \(A=60^{\circ}\) の場合を考えたあと,\(A\) が \(90^{\circ}\) 以外のときに共通する特徴やパターンを見い出しながら一般化し,余弦定理を導いていきます。

 具体例から一般化のアプローチをとる理由は大きく2つあります。一つは,余弦定理が一般的な三角形に適用できることを理解させるため,もう一つは,公式の背後にある幾何学的な意味を理解させるためです。
 しかし,授業がねらい通りに進まないこともあります。公式が抽象的で意味がつかめず,そのまま覚えようとする生徒や,数値を代入するだけで理解が深まっていない生徒も少なくありません。
 そこで,余弦定理が単なる暗記対象とならないように,短い時間でねらいの達成につながる次のような発問をします。

【発問】
 余弦定理の公式で,\(A=90^{\circ}\) のときはどうなるだろう。考えてみよう。
S :三平方の定理になります。
T :それはどういうことですか?公式を使って説明してください。
S :\(a^2=b^2+c^2-2bc \cos 90^{\circ}\) で,\(\cos 90^{\circ}\!=0\) だから,\(a^2=b^2+c^2\) です。
T :すばらしい。もともと余弦定理を導くときに三平方の定理を使いましたが,\(90^{\circ}\) のとき,余弦定理から三平方の定理が姿を見せましたね。

 シンプルな発問ですが,\(90^{\circ}\) という特別な角度をとりあげ,既習事項である三平方の定理との結びつきに気付かせることで,「特殊な結果(三平方の定理)が,より広い一般的な法則(余弦定理)に含まれている」という数学の体系的なつながりを実感させることができます。
 さらに,「余弦定理は三平方の定理を拡張した考え方で使えるんだ」という視点をもたせることができるので,余弦定理が理解しやすくなり,記憶にも残りやすくなります。これで,数値を代入するだけの状況からおさらば!です。

 時間に余裕がある場合は,余弦定理の公式の理解を深めるために,次のような発問をします。

【発問】
 最初の例に戻ってみよう。\(b=5\),\(c=8\) の長さは変えずに,\(A\) を \(90^{\circ}\) から鈍角にすると,\(a\) は長くなるだろうか,それとも短くなるだろうか。説明しなさい。
S-1 :考察1-2の図を利用して \(120^{\circ}\) の場合の図を書いてみたら明らかに長くなります。
T :図をかいて実験したんだね。すばらしい! しかし,残念だけど \(120^{\circ}\) の場合を調べただけでは,「鈍角の場合に長くなる」とは言えないなぁ。
T :先生も,マグネット棒を使って図をかいてみます。
生徒の思考を広げる5分間のシンキングタイム(第3回)【教育実践report】04
T :図を見ると,いま答えてくれたように,\(A=90^{\circ}\) から角が大きくなるにしたがって,\(a\) はだんだん長くなりそうです。しかし,せっかく余弦定理の公式を学んだのだから,余弦定理の式を使って説明できないだろうか。
生徒の思考を広げる5分間のシンキングタイム(第3回)【教育実践report】05
T :違いは,\(-2bc\cos A\) の部分だから,ここに理由がありそうですね。
S-2 :\(A\) が鈍角だと \(\cos A\) の値はマイナスなので,\(-2bc\cos A\) はプラスとなります。よって,\(a^2\) は大きくなるから \(a\) は長くなります。
T :すばらしい。同様に考えると,\(A\) が鋭角の場合,\(a\) が長くなるのか短くなるのかは明らかですね。

 さて,冒頭で三角形の決定条件を取り上げたのには理由があります。それは,正弦定理や余弦定理を決定条件と関連づけて理解させ,後に学ぶこれら2つの定理の使い分けをより効果的に学べるようにするためです。
 例えば,次は教科書のLevel up(節末問題)のページにある問題ですが,生徒の理解度を確かめたいときには意識的に取り上げるようにしています。

 \(\triangle \text{ABC}\) において,\(B=30^{\circ}\),\(b=1\),\(c=\sqrt{3}\) のとき,\(a\) を求めよ。

▲数学Ⅰ Standard p.172 3番改題

T :これは,三角形の決定条件から外れていますね。だから三角形が1つに定まらない可能性がありますが,どう求めますか?

 生徒たちは,余弦定理を使うでしょうか。それとも \(B\) と \(b\) が分かっているので正弦定理を使うでしょうか。また,\(A\),\(C\) も求めるという問題に変えたときに,生徒たちはどう考え方を変えるでしょうか。いつも楽しみにしている問題です。
 解が2通りあることを確認した後,図形の見方を豊かにするため,短時間で次のような発問をします。

【発問】
 2つの三角形の図を重ねてかきなさい。また,解が正しいことを確認しなさい。
生徒の思考を広げる5分間のシンキングタイム(第3回)【教育実践report】06

 一般化と特殊化を繰り返すことで,生徒たちは数学的な考え方を深めることができるでしょう。また,既習事項との結びつきを意識させることで,数学を体系的に理解することができ,過去の知識とのつながりが感じられて学びが楽しくなるでしょう。

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