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2024.10.10

数学が得意な人ほど経済学に!

数学が得意な人ほど経済学に!01

東京大学大学院経済学研究科・講師 
野田 俊也 先生

経済学は「文系」の学問?

 現在の日本の大学入試の区分では,経済学はおおむね「文系」の学問とされます。このため,高校で数学を教えている先生方や,数学が得意な高校生たちに対して,「経済学が何を分析し,どのような知見をもたらしてくれる学問なのか?」は,意外と浸透していないように感じます。実態としては,経済学は数学の力を使って社会の構造を読み解く学問であり,数学を得意とする生徒にとって非常に相性の良い専攻なので,これはもったいないことです。そこで本稿では,どうして数学が今日の経済学で必須の基礎となっているかを解説したいと思います。

社会を「文章題」としてモデル化する理論経済学

 経済学が分析の対象とする「経済」は,通常,日本語が指す意味よりもはるかに広義であり,今日の経済学は,市場・金融・国家財政のような古典的な話題だけではなく,医療・教育・就労・政治・差別・物流・農業など,社会的に重要な話題のほとんどが研究対象となります。

 これらを研究するにあたり,経済学者は多くの場合,分析対象となる問題を「文章題」としてモデル化します。例えば,

 ある企業が,自社の利益が最大となるように新製品の価格を設定しようとしています。新製品に対する需要は,価格が上がるほど少なくなり,価格 \(p\)(円)と売上,すなわち販売できる数量 \(q\)(個)の関係は,\(q=a-p\)と表されます。また,新製品は1個生産するごとに,\(c\)(円/個)の製造費用がかかります。この企業は新製品の価格をいくらに設定しますか?

というように。企業の利潤,つまり価格×販売数量-総製造費用(円)は,\((p-c)(a-p)\)となり,高校数学でも習う二次関数の最大化問題として解いてあげれば,\(p=\frac{a+c}{2}\)(円)が利潤を最大化する価格であり,企業は新製品にこの値段をつけるであろうことがわかります。

 もちろん,実際に解くべき問題ははるかに複雑です。製品が売れる量は,こんな単純な価格の一次関数としては表されないかもしれません。製品の製造コストは,生産する量によって変わるかもしれません。企業には市場シェアや知名度など,この製品の販売から得られる利潤以外に重要視するものがあるかもしれません。政府により税金が課されるかもしれませんし,規制によって自由に価格を選べない場合だってあります。しかし,そういった要素を適切に取り入れれば,このような最適化モデルは現実の企業行動の一端を捉えたものとなります。

 社会を分析するにあたり,特に重要な難しさは,他の企業との競争です。現実社会では,この企業の製品が売れる個数は,競合他社がいくらの価格を設定するかにも依存します。複数の企業が互いに競合他社のことを意識しつつ,自分の利益を最大化するように価格を選び取る状況は,単に様々なパラメータ(上の単純な例では \(a\) や \(c\) など)を与えられた上での関数の最適化問題として解くことはできず,これを分析するためにはゲーム理論と呼ばれる,互いに相異なる目的関数を最適化しようとする主体(agent)がたくさんいる状況を分析するための応用数学の理論が必要となります。

 この例では,企業が製品に対してどのように価格をつけるかという,いかにも「経済学らしい」問題をもとに,「文章題」がどのように設定されるかを解説しましたが,同様の手法で分析できる問題は多岐に渡ります。例えば,筆者はこれまで,

  • コロナ禍の間に頻発したトイレットペーパーの買いだめ問題はどう防げばよいか?
  • パンデミックワクチンをどう配布すればよいか?
  • 労働市場で女性や人種的マイノリティなどに対する差別がどう発生し,継続するか?
  • ビットコインなどの仮想通貨システムは安定的に機能し続けるか?
  • カーナビに自律的に道路の特徴を学習させるためにはどうすればよいか?

など,極めて広範なテーマで論文を書いてきました。様々な問題を数学の文章題として解き,問題解決のための知見を得ることこそが理論経済学の極意なのです。

「汚い」データから知見を得る計量経済学

 ここまでの話は,現実社会を抽象化したモデル(文章題)を分析する経済理論の話でしたが,経済学が現実社会を分析する学問である以上,実社会における人間の活動から生成されたデータをもとに様々な知見を得る実証分析も,もちろん盛んに行われています。

 もちろん,データの分析を行うにあたり,統計学の知識は欠かすことはできず,そして統計学を学ぶには数学の知識が不可欠であることは言うまでもないでしょう。社会科学的なデータに統計的な分析をかける上で,さらに注意しなければならないのは,データの「汚さ」です。

 中学・高校で行われる,いわゆる「理科の実験」をはじめ,試薬などのモノを対象とする実験科学では,条件を統制することで,効果の有無や大小を一目瞭然に判定することができます。また,天文学や生態学など,本質的に観察に頼らなければならない自然科学分野でも,観察を繰り返すことで法則を発見することができます。

 対照的に,社会科学的なデータの多くは本源的に不完全であり,どれだけ多くのデータを取得しようと試みても,そのすべてを得ることができません。例えば,「大学に進学することで,生涯年収が(いくら)上がるか?」を調べたいとします。この質問は,単に大卒者と高卒者の生涯年収を比較することで得ることはできません。大学に進学する人とそうでない人はもともと同質であるとはいえず,例えば大卒者のほうが観察された収入が高くとも,収入が高い素養がある人ばかりが大学に行っているだけで,進学自体に効果はないかもしれないからです。

 実験科学的な感覚で言えば,純粋に大学進学による収入の増減の効果を見たければ,様々な高校生をランダムに進学させるグループとそうでないグループに分け,実際に進学させ,実現した生涯年収の差を見ればよいわけですが,もちろんこのような実験は許されません。

 このような問題がある場合には,グループの平均を比べるなど,単純にデータの表面を眺めるだけでは意味のある結論を出すことはできません。これを解決するためには,進学する・しないがほとんど偶然によって決まった特殊な状況に注目するとか,属性のデータを大量に集め,どのような人間が進学を選択するか詳しく解明し,その上で分析作業に臨むなどの対処法が必要です。この対処法を理解し,適用するにあたっても,数学の知識が不可欠となります。

数学が好きな生徒に経済学部に来てほしい

 経済学は,数学の力を使って実社会で何かをやりたい人に非常に適した学問です。このため,多くの大学の経済学部が,数学が得意な学生を誘致すべく,理系科目での受験の枠を設定しており,私が所属する東京大学でも,全科類枠を使い,多くの理系の学生が経済学部に進学してきます。さらに,経済学はその有用性から就職にも強く,昨今では大学院生や修了者の待遇(端的に言えば給料)も非常に魅力的となっています。数学に自信がある生徒の皆様には,ぜひ理学・工学のような,いかにも数学を使いそうな学問だけではなく,経済学も専攻の候補に入れていただきたいと思います。

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