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2024.09.12

女子生徒の理系進学って実際どうなの? -数学分野の現状とこれから-

女子生徒の理系進学って実際どうなの? -数学分野の現状とこれから-01

東京大学数理科学研究科
佐々田 槙子 先生

(写真/河野裕昭)

佐々田先生の研究分野について

先生の研究分野について教えてください。

 私の専門分野は,統計力学に関連する確率論といわれる分野となります。
 統計力学は物理学の一部で,我々が日常で目にする,空気の流れや川の流れ,熱いものと冷たいものを混ぜるとぬるくなるなどのマクロな現象が,原子・分子レベルのミクロな現象からどう説明できるかを明らかにする学問です。
 ここに確率論がどう関係するかというと,ゆがんだサイコロの「1の目がでる確率」を知りたいとき,1回だけ振ったときに1の目がでるかどうかは参考にならず,100回,10000回とたくさん振ったときにどの程度1の目がでるかに意味がありますよね。同じように,ミクロな現象においても,分子一個一個はある意味ランダムに振る舞っていて,それらには分布など統計的な性質があって,それがマクロな,我々が目にする現象を作り出しているんだ,と理解すると理論的に整合性がよく,実際の物理現象を適切に表していることがあります。
 例えば,水から氷に変化するとき,0℃になった瞬間,水分子一個を見ていても何も変わらないけれど,大きなレベルでみると「凍る」という現象が起きています。これはたくさんの分子が集まることによって起きる性質で,少しパラメータを変えるだけで統計的な性質が劇的に変化するというものです。
 このような「ミクロとマクロをつなぐ」ということに私は興味があります。いったん数学の手法にすることで,経済現象や渋滞現象,生物現象などのいろんなところに応用することができます。私はあっちこっちに興味があるので,様々な分野の研究会に顔を出したりしています。(笑)

現在の研究分野に進んだきっかけを教えてください。

 大学3年生のとき,測度論にもとづく確率論に触れ,まず興味を持ちました。実際の確率は情報に依存していて,情報が多くなると精度が向上し確率も変わります。現代の確率論は,この「情報が増えると確率が変わる」という性質を見事に定式化していて,「すごいな」と思いました。大学院進学の際に,統計力学を確率論を用いて厳密に理解するという研究室への配属の選択肢があったため,もともと物理にも興味があったことも相まって,この研究分野に進むことを決めました。

数学系の大学進学を選択したのはなぜですか?

 小さい頃から数学が好きで,論理パズルやクイズで遊んだり,算数も得意でしたね。将来は数学を使った仕事をしたいと思っていたのですが,具体的な仕事については考えていませんでした。
 高校時代は,数学が好きな友達が周りにあまりおらず「私って変わってるのかな?」と不安も感じていました。高校の数学の先生も情報学科の出身の先生だったりで,数学科がどんなところなのか相談できる人がいなかったという面もあります。大学に入って逆に「こんなに数学が好きな人がいるんだ」と思いましたが(笑),やはり友達と一緒に勉強できるというのはモチベーションに大きく関わるなと思います。
 また,親の後押しがあったことは恵まれていたと思います。父は物理関係の仕事を,母は翻訳の仕事をしていましたが,母が数学科への進学を熱心に支援してくれたことが心強かったです。母は「もし違う世代に生まれていたら,私も理系に進んでいたかもしれない」と言って応援してくれました。

女子生徒の理系進学って実際どうなの? -数学分野の現状とこれから-02

(写真/河野裕昭)

数学分野の現状とこれから-理系・数学系進学を考える生徒に向けて-

高校生の中には,数学が苦手だから理系進学をあきらめるという人が一定数いると推察されますが,高校までの数学が苦手でも,大学で理系に進学して数学の授業についていくことはできるのでしょうか?

 はい,大学数学の面白さを知ることで、ついていけるようになる人もたくさんいると思います。大学で学ぶ数学は,計算が中心だった高校までの数学とは異なり発想が重要になります。面積とはなにか,無限とはどういうことなのかなど,哲学に近いことを考えるのが好きな人であれば,大学の数学が大好きになる可能性があります。
 高校で数学が苦手だったり,まだ好きになれなくてもぜひあきらめないで数学の世界の扉をたたいてみてください。

進学後の進路(企業や研究職への就職)に関してはいかがでしょうか?

 数学科を出た学生の中には,アクチュアリーなどの数学が必要な専門職に就く人もいます。研究分野では,通信関係や製造業などの研究所が数学科の卒業生を積極的に雇用していて,数学と物理学,化学,生物学などとの融合研究も行われています。近年急速に発展している機械学習にかかわる仕事やメーカーなどでは,その仕組みの根本的な考え方を理解することや,自社の商品に合った作り方をゼロベースで考えるときに数学が役立っているようです。あとは,教師や放送番組のプロデューサー,編集者, ベンチャー企業を立ち上げる人もいますね。数学は幅広い分野に関連するため,いろいろな業界で活躍しています。

そのように幅広い進路がある一方,数学分野への進学,特に女性の数学分野への進学には特徴がある印象を受けています。

 次のグラフから分かるように,全分野の大学生の女性の割合は45.6%であるにもかかわらず,数学分野になるとその割合は20%と低くなっています。

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 世界的に見ると,全分野の修士課程は女性のほうが多い国がほとんどであり,そもそも日本の修士課程への就学率が低いことは特異ではあるのですが,特に数学分野における全分野と比較した修士課程・博士課程の就学率の低さは顕著であると言えます。
 さらに,理学と数学の間にも差が見られ,各課程における女性の割合の差だけでなく,その割合が数学においては30年以上にわたって低迷していることも分かります。

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 理学系や工学系などの場合,実験など長時間の作業が多いため,もともと男性研究者と女性研究者で働きやすさの差があると認識されやすかった。これらの分野ではそこを是正しようという動きがあったため,徐々に解決に向かっているのではないかと考えられます。
 一方,数学分野では性別による差が表面的にはわかりにくく,分野全体で取り組みを強化する必要性があまり認識されず,現在のこのような差が生まれていると推測できます。
 また,数学の博士号を取得した女性比率を諸外国と比べてみると,日本の割合が非常に低くなっています。

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 日本の数学教育について,2015年の「中学2年生に対する国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)調査」を見ると,女子588点,男子585点で男女合わせて39ヵ国中4位です。日本の女子中学生の成績は男子とほぼ同じであり,世界的に見ても高い点を取っています。にもかかわらず,数学を好きになることや得意だと感じることには,まだまだかなりの課題があるようです。進路を選択する学生にとっては,先生が重要な存在であることも認識しています。一部の先生は、女子生徒が男子生徒と同じように数学分野で力を発揮することは環境面や能力面で難しいという認識で生徒に接している可能性もあるのかもしれません。しかし,上のTIMSS調査などをみても「女性が数学に向いていない」などとは全くいえず,実際に,フィールズ賞の受賞者や国際数学者会議の基調講演者の中にも女性が増えています。これまで女性が少なかったのは、歴史的な背景によるものと考えられます。

(前掲の3点のグラフおよびデータは,こちらの資料から引用しています。
https://www.math.keio.ac.jp/~bannai/Report_MathGender.pdf

そのような現状の解決のために,佐々田先生が取り組まれている活動について教えてください。

 主な活動の一つとして,「数理女子」というWebサイトを運営しています。女子中高生に向けて数学科や数学分野の現状,また数学の面白さなどを発信しています。

http://www.suri-joshi.jp/

女子生徒の理系進学って実際どうなの? -数学分野の現状とこれから-06

 もともと,数学や数学分野に関する情報は,書き手自身が男性であったりすることや,女子学生や女性研究者が見えてこない問題があり,情報格差があると考えました。
 そこで,主にロールモデルの少ない女性向けに,数学の分野に進んだ後の進路や,数学と他の分野との繋がりを紹介することで,数学に興味を持つきっかけを作り,閉じた分野ではなく,様々な分野と繋がりがあることを伝えています。
 例えば,料理やデザイン,音楽など,様々な分野との繋がりを紹介することで,数学に興味を持つ人を増やし,情報格差を解消していきたいと考え,サイトを運営しています。

最後に,数学系/理系進学を考えている生徒と日頃から接している高校の先生方へのメッセージをお願いします。

 いまは,就職や進路などの生徒たちの未来はどんどん変化する時代にあるので,未来のことは心配しすぎず,まずは興味をもった分野に進学することの応援をしてほしいなと思います。
 そして「女性が少ないかも」などと進学先の環境に不安を抱いている生徒には,「人と違うということが,むしろ強みになるんだ」と伝えてほしいです。性別や出身地など,コミュニティの中でマイノリティだからこそ,新しい視点や発想をもたらす事ができると思います。「あまりそういう人いないんじゃない?前例がないんじゃない?」ということを心配している生徒がいたら,「それこそがあなたの強みになるよ」と声をかけてほしいです。
 今回,この記事も「女子生徒の理系進学」をテーマとしていますが,将来的には「背の高い生徒の理系進学」をテーマとしているくらいに,このテーマが誰にとっても違和感を覚えるような,そんな世の中になったらいいなと思っています。「背の高さ」と「理系進学」に関係があるとは考えないですよね。そういう意味では,先ほどご紹介したWebサイト「数理女子」も,このような切り口である必要は早くなくなってほしいという思いで運営しています。
 最後に,数学を学ぶということについて。数学は本当に強みになります。いろんな考え方の土台になるので,物事が変化したときに「そもそもなにが目的だっけ?」などと手順を追って論理的に考える力が,数学を学んでいる人は本当に強いです。
 計算も大事ですが,それ以上に「考え方を学ぶために数学の授業を受けているんだよ」ということを高校生たちに伝えてほしいです。

佐々田先生,ありがとうございました!

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