相加平均・相乗平均の不等式,あるいは算術平均(Arithmetic Mean, AM)・幾何平均 (Geometric Mean, GM)の不等式の証明はいろいろと知られています。例えば,Wikipedia (英語版)のAM-GM inequalityには多くの証明法が紹介されています。以下のやり方はそこにはありませんし,証明としてはまわりくどいですが,素朴に考えられる方法です。
\(a,\ b\) を正の実数とし,\(a \leqq b\) とします。
両辺に \(a\) をかけると,\(a^2 \leqq ab\) となります。
両辺に \(b\) をかけると,\(ab \leqq b^2\) となります。
よって,\(a^2 \leqq ab \leqq b^2\) がわかります。
辺々の平方根をとって,\(a \leqq \sqrt{ab} \leqq b\) を得ます。
【問】\(a\) と \(\sqrt{ab}\) の差と \(\sqrt{ab}\) と \(b\) の差はどちらが大きいのでしょうか。つまり,\(\sqrt{ab}-a\) と \(b-\sqrt{ab}\) の大小は確定するのでしょうか。
【素朴な解答】
それぞれの差を取ると,
\(\sqrt{ab}-a = \sqrt{a}(\sqrt{b}-\sqrt{a})\)
\(b-\sqrt{ab} = \sqrt{b}(\sqrt{b}-\sqrt{a})\)
です。
右辺を比べて,\(\sqrt{a} \leqq \sqrt{b}\) から,左辺の大小 \(\sqrt{ab}-a \leqq b-\sqrt{ab}\) がわかります。
これを変形して,算術平均・幾何平均の不等式
\(\sqrt{ab} \leqq \cfrac{a+b}{2}\)
を得ます。等号成立は,\(a=b\) のときで,またそのときに限ります。
【算術的幾何的な解答】
別解を紹介します。元ネタは,次の記事『算術・幾何平均不等式の算術・幾何的証明』です(図や内容は改変しています)。
\(0 \lt a \lt \sqrt{ab} \lt b\) とします。
下図のように \(x\) 軸上に点 \(\text{A}\),点 \(\text{B}\),点 \(\text{M}\) をそれぞれ \(\text{OA}=a, \ \text{OB}=b, \ \text{OM}=\sqrt{ab}\) となるようにとり,\(y\) 軸上に点 \(\text{C}\) を \(\text{OC}=1\) となるようにとります。
直線 \(\text{BC}\) と点 \(\text{M}\) を通る \(x\) 軸に垂直な直線の交点を \(\text{P}\) とします。
このとき,三角形の相似の関係から,
\(\text{MP}=\text{OC}\times\cfrac{\text{MB}}{\text{OB}}=\cfrac{b-\sqrt{ab}}{b}=1-\cfrac{\sqrt{ab}}{b}\)
がわかります。

\(\text{AM}=\sqrt{ab}-a, \ \text{MB}=b-\sqrt{ab}\) ですから,上の【問】は,
\(\text{AM}\) と \(\text{MB}\) はどちらが長いか
という問になります。
さらに言い換えると,\(\text{AM}\) と \(\text{MB}\) をそれぞれ底辺とし,高さが共通の \(\text{OC}=1\) である三角形の面積を比較して,
三角形 \(\text{AMC}\) の面積 \(|\triangle\text{AMC}|\) と三角形 \(\text{MBC}\) の面積 \(|\triangle\text{MBC}|\) はどちらが大きいか
という問になります。
それぞれの面積を計算すると,
\(|\triangle\text{AMC}|=\cfrac{1}{2}(\sqrt{ab}-a)\)
\(|\triangle\text{MBC}|=\cfrac{1}{2}(b-\sqrt{ab})\)
となります。
一方,緑色の \(\triangle\text{MPC}\) は,\(\triangle\text{MBC}\) に含まれていますから,面積の大小関係
\(\begin{aligned}|\triangle\text{MBC}| \geqq | \triangle\text{MPC}| & =\cfrac{1}{2}\left(1-\cfrac{\sqrt{ab}}{b}\right)\sqrt{ab} \\[5pt] & =\cfrac{1}{2}(\sqrt{ab}-a) \end{aligned}\)
が成り立ちます。
こうして,\(\color{#ff0000}|\triangle\text{MPC}|=|\triangle\text{AMC}|\) がわかりました。よって,
\(\begin{aligned} & |\triangle\text{MBC}| \geqq |\triangle\text{AMC}|\ \\[5pt] & \Leftrightarrow\ \text{MB}\geqq\text{AM}\ \\[5pt] & \Leftrightarrow\ b-\sqrt{ab}\geqq\sqrt{ab}-a\end{aligned}\)
を得ます。
等号成立は,上の二つの三角形の面積差がないこと,すなわち,
\(\begin{aligned} |\triangle\text{MBP}| & =\cfrac{1}{2}\text{MB}\times\text{MP} \\[5pt] & =\cfrac{1}{2}\text{MB}\times\cfrac{\text{MB}}{b} \\[5pt] & =\cfrac{(b-\sqrt{ab})^2}{2b} \\[5pt] &=\cfrac{(\sqrt{b}-\sqrt{a})^2}{2} \\[5pt] & =0\end{aligned}\)
から,\(a=b\)のときで,そのときに限ることがわかります。
注)この証明方法のポイントは,\(\color{#ff0000}|\triangle\text{MPC}|=|\triangle\text{AMC}|\) が成立することです。これが成り立つような線分 \(\text{AB}\) の内分点\(\text{M}\) は,\(\text{OM}=\sqrt{ab}\) となる場合しかないことはすぐにわかります。
こうして算術平均・幾何平均の不等式
\(\cfrac{a+b}{2}\geqq \sqrt{ab}\) …… (1)
が証明されました。上で \(0 \lt a \lt b\) を仮定しましたが,\(a\) と \(b\) を交換してもこの不等式は成り立ちますし,\(a, \ b\) のどちらかが,あるいは両方が0でも成り立つので,上の不等式は,0以上の実数 \(a, \ b\) に対して成立します。
さて,この不等式を拡張しましょう。拡張のしかたはいろいろ考えられますが,ここでは,変数を増やす拡張をしましょう。
まず,二つの変数 \(a,\ b\) を四つの変数 \(a_1, a_2, a_3, a_4\) に増やすことを考えます。いずれも0以上の実数とします。
\(\begin{aligned} & \cfrac{1}{2} \left (\cfrac{a_1+a_2}{2}+\cfrac{a_3+a_4}{2}\right) \\[7pt] & \stackrel{(*1)}{\geqq}\cfrac{\sqrt{a_1a_2}+\sqrt{a_3a_4}}{2} \\[5pt] & \stackrel{(*2)}{\geqq}\sqrt{\sqrt{a_1a_2}\sqrt{a_3a_4}}=(a_1a_2a_3a_4)^{\frac{1}{4}}\end{aligned}\)
\((*1)\)で,各項に \((a,\ b)=(a_1,\ a_2), \ (a_3,\ a_4)\) として,(1)を2回適用しました。
\((*2)\)で,各項に \(a=\sqrt{a_1a_2}, \ b=\sqrt{a_3a_4}\) として,(1)を適用しました。
これより,
\(\cfrac{a_1+a_2+a_3+a_4}{4}\geqq(a_1a_2a_3a_4)^{\frac{1}{4}}\) …… (2)
がわかりました。等号成立条件は,\((*1),\ (*2)\) において,それぞれ \(a=b\) のときですので,\(a_1=a_2=a_3=a_4\) となります。
(1)を
\(\cfrac{a_1+a_2}{2}\geqq (a_1a_2)^{\frac{1}{2}}\)
と書けば,(2)が(1)の拡張となっていることがより強調されます。
この二つの不等式をみると,2や4を3に変えた,
\(\cfrac{a_1+a_2+a_3}{3}\geqq (a_1a_2a_3)^{\frac{1}{3}}\) …… (3)
も成り立つのではないかと期待されます。
(2)において,\(a_4=c\) とおいて,両辺を \(\cfrac{4}{3}\) 乗すると,
\(\left(\cfrac{a_1+a_2+a_3+c}{4}\right)^{\frac{4}{3}}\geqq (a_1a_2a_3)^{\frac{1}{3}}c^{\frac{1}{3}}\)
となります。
両辺を \(c^{\frac{1}{3}}\) で割ると,
\(\left(\cfrac{a_1+a_2+a_3+c}{4c^{\frac{1}{4}}}\right)^{\frac{4}{3}}\geqq (a_1a_2a_3)^{\frac{1}{3}}\) …… (4)
となります。
よって,(4)の左辺が(3)の左辺に等しくなるように \(c\) を調整できれば完了です。
\(\left(\cfrac{a_1+a_2+a_3+c}{4c^{\frac{1}{4}}}\right)^{\frac{4}{3}}=\cfrac{a_1+a_2+a_3}{3}\)
見通しをよくするために,\(A_3=\cfrac{a_1+a_2+a_3}{3}\) とおきましょう。整理すると,
\(\begin{aligned} & \quad \left(\cfrac{3A_3+c}{4c^{\frac{1}{4}}}\right)^{\frac{4}{3}}=A_3\ \\[7pt] & \Leftrightarrow\ \cfrac{3A_3+c}{4c^{\frac{1}{4}}}=A_3^{\frac{3}{4}}\ \\[7pt] & \Leftrightarrow\ 3(A_3c^{-1})^{\frac{1}{4}}+(A_3^{-1}c)^{\frac{3}{4}}=4\end{aligned}\)
となって,\(c=A_3\) とすれば,すなわち(2)において \(a_4=A_3\) とおけば(3)が成り立つことがわかります。
こうなると,自然数 \(n\) に対して,
\(\cfrac{a_1+a_2+\cdots+a_n}{n}\geqq (a_1a_2\cdots a_n)^{\frac{1}{n}}\) …… (5)
が成り立つことが期待されます。
まず,2変数から(2)の4変数への拡張と同様に,4変数から8変数,8変数から16変数,つまり,\(n=2^k\) の場合の不等式は簡単に証明できます。
【問】\(2^{k-1} \lt n \lt 2^k\) のときも(5)は成り立つでしょうか。
【ヒント】\(n=3\) のとき,\(k=2\) となって,(5)が成り立つことは上でみました。同様の方法でできるか考えてみてください。
つまり,与えられた \(n\) に対して,\(2^{k-1}\lt n\lt 2^k\) を満たす \(k\) は一意に定まるので,\(m=2^k, \ \cfrac{m}{2}\lt n\lt m\) とおいて,
\(\begin{aligned} & \quad \cfrac{a_1+a_2+\cdots+a_n+a_{n+1}+\cdots+a_m}{m} \\[3pt] & \geqq (a_1a_2\cdots a_na_{n+1}\cdots a_m)^{\frac{1}{m}}\end{aligned}\)
が成立しているとして,\(m-n\) 個の \(a_{n+1}, \cdots, a_m\) をすべて \(c\) とし,
\(A_n=\cfrac{a_1+a_2+\cdots+a_n}{n}\)
とおき,(5)が成立するような \(c\) を見つけます。
■ コーシーの贈り物
オーギュスタン=ルイ・コーシー(Augustin Louis Cauchy, 1789–1857)はフランスの数学者。ニュートン,ライプニッツ以来の微分積分学を現代に通じる厳密な解析学の基礎としてまとめあげたといっても過言ではない。コーシー列,コーシーの平均値定理,コーシーの積分定理,コーシー・シュワルツの不等式(CBS不等式),コーシー・リーマンの方程式,コーシーの主値,コーシー問題,コーシー・コワレフスカヤの定理など,コーシーの名を冠したものは数多くある。また,その研究の射程は解析学のみならず,流体力学,光学など広大である。上の【ヒント】に書いた証明方法はコーシーがはじめて提示したもので,この不等式のさまざまな証明の中で最古のものといわれている。
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1970年東京生まれ。早稲田大学理工学部数学科卒業。東京大学大学院数理科学研究科数理科学専攻博士課程修了。現在,明治大学理工学部数学科専任教授。博士(数理科学)。専門は応用数理,特に界面現象の数理解析。実験を採り入れた数学の講義で定評がある。
| 著書: | 『実験数学読本』①・②・③ (日本評論社),『次元解析入門』,『界面現象と曲線の微積分』,『動く曲線の数値計算』(以上共立出版),『大学数学の教則』(ちくま学芸文庫),『公式は覚えないといけないの?』(ちくまプリマー新書),他。 |
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